『早川光 江戸前寿司の世界』60~神無月のマグロ~

マグロ

濃密にして芳醇な味わい

銀座『鮨鈴木』の親方、鈴木孝尚さんがこの日仕入れたのは、青森県大間産のマグロの“腹カミ”ブロックです。

「これは165キロのマグロの“腹カミ”。人によって好みはありますが、僕は150キロ前後のものが味も香りもベストだと思ってます。だからほぼ理想に近いサイズですね」

マグロは回遊魚で、餌であるイワシなどの青魚を追って北上し、秋に津軽海峡に到達します。そこで海域に生息するスルメイカを餌にすることで、味が変化すると言われています。

「味もそうですが、脂の質も変わる。指先で触れただけでわかります。夏のマグロと違って手の温度ですぐに脂が融けてしまうんですよ。だから大トロの扱いには気をつかいます」

そう言いながら鈴木さんが慎重に切りつけたのは、大トロの中の大トロとされる“砂ずり”の部位。身と白い筋が層になっている見た目から“蛇腹”とも呼ばれます。

「このクラスのマグロになると、白い筋が歯に当たることはありません。なので、筋もそのまま握ります」

握りを口に入れれば、マグロ本来のコクのある旨みにスルメイカのワタの旨みが加わった、濃密にして芳醇な味わいが、融けた脂と共に舌を覆い尽してしまいます。