『早川光 江戸前寿司の世界』~睦月の寿司~

~ヒラメ~

青森の寒ビラメは1月がベスト

ヒラメは江戸前寿司を代表する白身魚。北海道から九州まで幅広く生息し、養殖も盛んに行われているので、市場には一年中流通していますが、最も美味とされるのは冬の天然物。とりわけ1〜2月の厳冬の時期に獲れる「寒ビラメ」の美味しさには定評があります。

『すし佐竹』の親方、佐竹大さんが選んだのも、青森の極寒の海で獲れた寒ビラメです。

「青森の寒ビラメは旨い。特に1月がベスト。てっぺんだと思います。ただ脂がのっているというだけじゃなくて、脂の質が高い。しかも身に厚みがあるので、握りにした時にシャリとのバランスがよく、美しく仕上がるんです」

握りを食べると、ヒラメの脂がゆっくりと融け、上品な甘みが舌に伝わります。噛めば柔らかさの中にしなやかな弾力があり、噛みしめるほどに甘みが深い旨みへと変わっていきます。

 

 

~赤貝(アカガイ)~

閖上の赤貝の魅力は爽やかな香り

ミル貝、トリ貝、北寄貝など江戸前寿司ではさまざまな種類の貝を握りますが、冬に旬を迎えるのは赤貝です。

産地としては青森県の陸奥湾、愛知県の三河湾などが知られていますが、佐竹さんは宮城県閖上産の赤貝を握ります。

「僕は閖上が一番だと思います。他の産地のものに比べて肉厚で甘みもあるし、ずば抜けて香りがいいんです。赤貝の香りは殻から剥いて時間が経つとどんどん失われてしまいますから、必ず握る当日に剥くようにしています」

新鮮な赤貝の香りはフルーツのように爽やか。身はサクッと歯切れがよく、みずみずしいのが特徴。そして優しい甘さが辛口のシャリとよく合います。

 

 

~サワラ~

魚へんに春と書くが、旨いのは1月

サワラは関東地方では馴染みが薄く、関西以西で愛されている魚です。特に岡山では人気が高く、全国で水揚げされたサワラの約3割が岡山県で消費されるのだとか。近年になってその魅力が全国的に知られるようになり、江戸前の寿司屋でも使う所が増えてきました。

佐竹さんも寿司だねとしてのサワラを高く評価しています。

「冬のサワラは身が柔らかいので寿司に合います。“鰆”という漢字は魚へんに春ですけど、サワラが本当に美味しいのは脂がのる冬だと思います。うちでは握りにする前に皮を軽く火で炙るんですが、こうすると身が膨らんでふわふわの食感になるんです」

火で炙ることで皮はパリパリになり、芳ばしい香りが食欲をそそります。食べれば、膨らんだ身が舌をふんわりと包み込むかのように感じます。

 

 

~サヨリ~

たて塩を使って美味しさを引き出す

美しい半透明の身と光沢のある銀皮が印象的なサヨリは、江戸前寿司には欠かせない魚のひとつ。その涼しげな見た目から夏の魚というイメージがありますが、旬は冬から早春にかけてです。

「淡白な味の魚ですが、夏よりは冬の方が脂があるし、旨みもあります。水分がある魚なのでひと塩あてて脱水することでさらに旨みが立ってきます。ただしサヨリの場合は振り塩では味にむらが出来てしまうので、たて塩という濃い塩水を使って塩締めします」

佐竹さんはサヨリの皮を引く時に、真ん中だけ銀皮が残るように工夫しています。こうすることで、サヨリの美しさをさらに際立たせているのです。

 

 

~トラフグの白子~

最高級フグの白子はとろとろでクリーミー

鍋や刺身の材料として西日本で親しまれているフグ。クサフグ、ゴマフグ、ショウサイフグなど多くの種類がある中で、最高級の評価をされているのがトラフグです。

そしてトラフグは身ばかりでなく、白子も非常に美味。特に春の産卵期に備えて栄養を蓄えた真冬の白子は食通たちの垂涎の的となっています。

「マフグやゴマフグの白子も使いますが、味はトラフグがダントツ。レベルが違います。皮に焼き目がつくまで炙ると中がとろとろのホワイトソースのようになって、旨みも甘さもぐっと濃厚になる。これはもう最高です」

握りではなく、炙った白子をシャリの上に乗せ、小さな丼にして出すのが佐竹さんのスタイル。添えられたスプーンで白子を崩し、シャリと混ぜて食べれば、まるで極上のクリームリゾットのような味わいが楽しめます。

 

 

~睦月のマグロ~

10日間熟成させた、究極の大トロ

マグロは“寿司屋の看板”。江戸前寿司にはなくてはならない象徴のような存在です。どんなマグロを置いているかでその店の格が決まるとまで言われていますから、一流と呼ばれる店の親方は、プライドを賭けて最高のマグロを手に入れるのです。

この日佐竹さんが握ったマグロは、日本近海の産地ではトップとされる津軽海峡で獲れたホンマグロ。しかもマグロの部位の中で最も高価で取り引きされる“腹カミ”のブロックから切り分けた、究極の大トロです。

「これは“霜降り”と呼ばれる大トロです。この霜降りは冷蔵庫で熟成させることで美味しくなり、食感も柔らかくなるので、だいたい10日間くらい寝かしています」

そして佐竹さんが大トロを握る時は、シャリを通常の温度よりかなり高めに調節します。

「温度計で計ったことはありませんが、普通のシャリが40度C前後だとしたら、50度Cくらいはあると思います」

この熱々のシャリによって、融点の低い大トロの脂が一瞬にして蕩け、そのままジュースのように舌を覆い尽くすのです。それはまさにこの店でしか体験できない至福の瞬間です。