『早川光 江戸前寿司の世界』~如月の寿司~

~カスゴ~

5年熟成の昆布の旨みを纏わせる

江戸前寿司では体長10センチ程度のタイ(マダイ、キダイ、チダイ)の幼魚のことをカスゴ(春子)と呼びます。

漢字で「春子」と書くため春が旬と思われていますが、成長途上の魚ですから決まった旬というものはありません。ただし夏場より冬のカスゴの方が身に厚みがあり、味もしっかりしています。

『鮨麻葉』の親方、塙直也さんが好んで使うのも冬のカスゴです。

「春のカスゴも使いますが、やはり寒い時期の方が身がふっくらしてるので握りに合います。とはいえ淡白な味の魚ですから、昆布じめにして昆布の旨みを入れ、甘みを引き出します」

塙さんが昆布じめに使うのは、5年間かけて熟成させたという真昆布。その上質な旨みを纏ったカスゴは小さなタイの幼魚とは思えないほど、ふくよかな味わいがします。

 

 

~アジ~

冬の“3つ星アジ”は脂の質が違う

光りものの中でもサバやサンマとは違い、清涼感のあるさっぱりした味が魅力とされるアジは、一般に5月から7月の初夏の頃が旬とされています。

ただし、ブランド産地として知られる鹿児島県出水(いずみ)の一本釣りのアジに関しては、冬が美味だと塙さんは言います。

「冬のアジ、特に3つ星のアジは絶品です。出水のアジは選別されて1つ星から3つ星までランクがあるんですが、僕は必ず3つ星を買います。高価ですけど脂の質が全然違う。一度これを知ったら、もう他のものは使えなくなりますね」

親方が絶賛する“3つ星アジ”を食べて驚くのは、アジとは思えないほどの口どけの良さ。噛むほどに甘い脂がじんわりと広がり、味の余韻が長く舌に残ります。

 

 

~サクラマス~

春を先取りした“走り”の美味

サクラマスはサケ目サケ科の魚。他のサケの仲間と同様、海に下り回遊しながら成長し、産卵のため川を遡上します。その遡上の時期が桜の開花の頃と重なるところから、サクラマスという名がついたと言われています(✽諸説あり)。

本州のサクラマスの旬は遡上に備え身に栄養を貯えた初春。2月はまだ少し早いのですが、初物を好む人たちに“走り”と呼ばれ珍重されています。

「これは青森で獲れたサクラマスですが、走りとはいえ脂ののりは十分ですし、身もしっとりしています。季節の先取りということで、春が感じられるように、片面だけ桜の葉でしめてから握ります」

口の中でほのかに広がる桜の葉の香りと、サクラマスのふんわりした食感は相性ぴったり。まさにひと足早い春の味です。

 

 

~カキ~

クリーミーなカキに煮ツメをつけて

イワガキ、スミノエガキなどカキには様々な種類がありますが、日本人が最も多く食べているのはマガキ。日本全土で養殖され、秋から春にかけて半年近く流通していますが、本当に美味しいと言えるのは海水温が下がる冬です。

「冬のカキはクリーミーでシャリに合います。うちではアナゴの質が落ちる2月から6月頃にかけて、アナゴのかわりとして煮ツメをつけて出すのですが、殻から剥いたそのままだと水分が多いので、脱水シートでしっかり水気を取ってから握ります」

クリーミーなカキの濃密な味に、煮ツメのコクが加わった握りは、旨みの相乗効果で思わず小躍りしたくなるほどの美味しさ。ゆずの皮でほんの少し香りづけをすることで、カキ特有のクセも見事に消しています。

 

 

~ムラサキウニ~

旨みのジュースが舌を包み込む

ウニもまた全国に分布し、産地によって漁期と旬が異なることから、季節を問わず楽しめる寿司だねのひとつ。

日本近海のウニの中で最も美味とされるのは北海道で獲れるキタムラサキウニとエゾバフンウニで、築地市場では常に高値で取り引きされています。

それでも塙さんは、青森や岩手、宮城のウニの中にも北海道の高級品と遜色のないものがあると言います。

「時期によって多少のバラつきはあるんですけど、東北のウニ、特にムラサキウニのレベルは高いですよ。

これは宮城県石巻のムラサキウニですが、鮮度も味も申し分ない。だから軍艦巻にしないでそのまま握ります。ウニの甘さをストレートに味わってほしいので」

握りを口に入れると、しっかり粒の立ったウニが舌の体温で瞬時にして融け、まるでマジックのように旨みのジュースへと変わり、そのまま舌を包み込みます。

 

 

~如月のマグロ~

氷温熟成でピークの味を引き出す

西麻布『鮨麻葉』の親方、塙直也さんが選んだ2月のマグロは、富山県氷見の定置網にかかったホンマグロです。

マグロ漁には一本釣り、延縄漁、巻網漁などの種類がありますが、定置網漁はマグロを追うのではなく、通り道に網を仕掛けて待つ漁法なので、最も魚体を傷つけにくいと言われています。

「定置網漁のマグロは味もいいんです。他の漁法のマグロよりコクや酸味がしっかり感じられて、シンプルに美味しい。ただし色変わりしやすいので、熟成のタイミングには気をつかいます」

塙さんは仕入れたマグロをブロックのまま真空パックにして、0℃〜1℃の氷温で寝かすという、試行錯誤の結果たどり着いた独自の方法で熟成させます。

「熟成期間はマグロの大きさや部位、漁法によって微妙に調整します。これは背の真ん中の身なので2週間ぐらいがベスト。じっくり寝かすことで身がしっとりして、ぐっと旨みが出てきます」

完璧なタイミングで熟成させた背の身の握りは、トロの脂の甘みと赤身の心地よい酸味が絶妙に混ざりあう極上の味わい。赤酢の効いたシャリとの相性も抜群です。

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㐂寿司